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時が変われば

急に思い立って、
吉川英治さんの「宮本武蔵」を読み始めました。

20年以上前に、「三国志」とあと一作くらいしか読んでなく、
私には言葉遣いが難しく、やたら辞書を引いた記憶があります。

今回購入した本では、難しい言葉には※と後ろに注解ありです。
人名、地名、難しい意味の言葉等、助かります。

折角なので自分が知っているつもりの言葉でも、
取り違えている言葉もあるかと、一つ一つ見ています。

そんな中驚いた言葉が、
捨て科白(台詞)
読んでみると、「強がって立ち去るときに言い放って、
返事を求めない言葉。舞台で、役者がとっさに言う、
脚本にない言葉。すてことば。」

前半の意味では、知っている意味でしたが、舞台での
アドリブ台詞については全くの初耳でした。

それともう一つ、この小説は戦前に書かれたもので、
その頃には、捨て科白はまだまだ世間では一般的で
なかったのか。です

読書で楽しむ以外にも驚くことがまだまだ多いです。

まさに、温故知新
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良くないこと

食事を摂る
生き物にとって欠かすことの出来ない作業です。

私の場合、
味覚は鋭くなく
好き嫌いが多く
好きな食べ物はちょっとニッチな物
なので、ほかの人と食事をするとき非常に迷惑なタイプです。

飲み会の時などは知り合いからは、
「嫌いなものが多すぎて何を頼んでよいかわからい」
と嘆かれ、
「好きなものは?」の質問には、
「海苔と、細く切ったもの」
と役に立たない始末。

迷惑をかけないために静かに息をひそめていると、
それも感じが良くないようです。
(これでも随分減ったつもりなのですが・・・)

そんな私でも、これは美味いと感じる食べ物が時々あります。
でもその多くが身体に悪そうな物。

そんな時のセリフが
「これは良くない食べ物だ。」

なんだかなぁ

ですよね。



本当の理由は

 同僚が辞めると、それなら私も。
という現象、部活や会社でよく見かけた気がします。

 かくいう私も転職が多い人間なので辞めたこと、
何度かあります。

 自分の場合、それがきっかけでは無かったのですが、
何となく、そんなものなのかな、という気がしていました。

 最近もそんな現象を目の当たりにしてして思ったのは。
多分その人は辞めるタイミングを待っていたのだと。

 要は、日頃から辞めたいと思っていた。
意識、無意識に関わらず。
で、その思いが強めの時に近くの人が辞めると、
  いいなぁ それなら私も
となるのでは。

 辞めたいという気持ちが全く無かったり、
逆にその場所が楽しく居たい場所であれば、
他人が辞めてつられて・・・ にはならない。

 あくまで私見ですし、見当違いも十分考えられます。
最近その現象に触れて、ふとそう感じました。

夢は夢か

 以前お台場に1/1サイズのガンダム像を
見に行き本当に巨大ロボットがあるとこんな感じかと、
ワクワクしながら足の下を潜り抜けました。

 そう感じながらも、現在のビル群の中では小柄だ。
とかも同時に感じていました。

 その後別のガンダムを経て、
歩く(正しくは動く)ガンダムが横浜に現れました。

 腰のあたりを鉄骨で繋がれ藻掻く様に顔手足が動きます。
その動かし方と台ごと前後することで歩いている様子を表現。
かなり話題になり、特集番組も放映されたのでご存じの方も
多いと思います。

 その中の解説で、実際のサイズに合わせると足を動かす
ために、太ももを長く膝下を短く等のバランス調整が必要
だったそうです。

 それを見ていると、18mサイズのロボットが人間さながらに
動き、戦う(戦争肯定ではなく)姿を見ることはやはりTVの中
だけなのね。と少し寂しく感じました。

 うすうす知っていましたが。 
知らなくて良い現実もありますね。

時が経つのははやいもので

 ご無沙汰しております。
趣味で続けている能も、ずいぶんと長くまだ続いています。

 分かったような顔をして書いていますが、大した事ないです。
でも初めての人に対して偉そうに何とか対応してしまう。
  亀の甲より年の功

 ただ人に聞かれて困る中で一番困るのが矢張り話の内容です。
平家物語や源氏物語を題材にしたものが多く、それならば
知っている人も多いと思います。(私はあんまり知らないけど)
 こういう演目では、
例えば仮に桃太郎を題材にした能があったとして、
 桃が流れてきて拾い、中から赤ん坊が出てくる場面だけ。
とか
 黍団子を餌に仲間になってもらう場面だけ。
とかを見せられても、
「ああ全体の話はこうで、その中のこのシーンね」
と理解できる人も多い気がします。

 ここで困るのが、
  曽我物
といわれる曲たち。
 能では、小袖曽我、夜討曽我、等々あり、みんな 〇〇曽我 という曲名です。
御存じの方も当然いらっしゃると思うのですが、私は能を知ってから聞いた言葉です。
 源頼朝の頃のお話で、父親を殺された兄弟が仇討ちを試みる。
(ざっといえば)
その中の”小袖曽我”では兄弟が母親に仇討ちの決心を伝えに行き、
そこで母親とひと悶着、和解、では決心も新たに。(だった気が)
能を知り見始めると比較的早めに見る機会のある曲。
 で、いきなりこのワンシーンでは事前知識がないとちょっと。です

 今日この曲を観てきたので、だらだらと書いてしまいました。
なんだか書いているうちに以前もこんなことを語っていた気が・・・
ご容赦を

 ある偶然がきっかけで、なんとなく再開しようかと思います。
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